好美の幕末中央区75 塾が火事と地震
コラムcolumn

好美の幕末中央区75
一社ココラボ ボイストレーナー祖父江好美
江戸の大火事から半年後に中央区で開いた清河八郎の塾。さあ!再出発だ!と思いきや、1856年11月11日の江戸大地震、いわゆる安政の大地震で建物は破壊。わずか3か月ほどで閉塾となってしまいました。
3ヶ月で中央区とはお別れ、トホホ。その後、淡路坂に移っていきます。
そして!また火事で焼失!次に選んだのが、お玉ヶ池、現在の神田岩本町。その頃には国が開国され、幕末の動乱期に入っていきます。 清河塾には尊皇攘夷派が集まるようになり「国を守るためなら虎の尾を踏む危険も恐れない」の意味を持つ、山岡鉄舟などが参加した『虎尾の会』が秘密裏に結成されました。
それにしても何度も何度も地震と火事に遭いそれでも命は守られた八郎さんは幸運の持ち主?だったのでしょうか。
画像はAIが作成しました

