好美の幕末中央区77 まだ続く 清河八郎
コラムcolumn

好美の幕末中央区76
一社ココラボ ボイストレーナー祖父江好美
さあ、せっかくなので清河八郎を最後まで追っていきたいと思います。
中央区にもあった清川塾。虎尾の会も結成されましたが、以前も書いた通り、倒幕の計画が幕府に知られ、追手も斬ってしまい、尻尾の会は事実上解散。清河八郎は逃亡生活に入ります。
この時にお蓮や虎尾の会の同志が投獄されます。逃亡中はへこたれることもなく、全国の志士たちに精力的に倒幕を遊説して回り、活動を広げていきます。最初の本格的な潜伏場所は埼玉狭山。ここで逃亡ルートを練るところから始まり、信州・甲斐、出羽(山形)、仙台・水戸、そして京都へと向かうのです。
好美さんの「清河八郎」推しは続きますね。編集長は「新選組近藤勇らのライバルでしょ」ぐらいの認識しかありませんでしたが、まさに「維新の魁」だったのですね。画像はAIが作成しました。

